😗Physioはらだかなのもろもろ🐞

120歳まで夢を持ち続けて生きる!自分を信じるとは?人生を生ききるとは?理学療法士としての経験が私の生き方を変える。人生を楽しむ私の頭の中をポロリ✩.*˚

自宅で最期まで暮らしたいなら

家族と死ぬほどコミュニケーション

とりましょう。

 

もうコレに尽きます。

 

 

別居だろうが

同居していようが

 

関係ありません。

 

コミュニケーションをしっかりとりましょう。

 

絶対!!

 

めんどくさいとか

ダメ❌絶対🙅‍♀️

 

どうしてこんな事を言うのか?

と申しますと

 

ここ半年くらい

 

在宅生活を断念するケースに

 

遭遇する事が

しばしば。

 

同居、別居、娘、息子

問わずです。

 

最期は病院かそれなりの施設で

 

というのが、

 

今のスタンダードなんでしょうか。

 

なんだか悲しいんです私。

 

何故か?

 

ご本人は、

自宅に最期まで居たいって

希望していたからです。

 

 

でも、大抵の方はそう思うのでは?

 

特に80歳を過ぎても自宅で過ごしていたら

このまま最期まで

って。

 

でもね、

正直

その希望は叶いにくいんだな

 

と、現実を突き付けられてしまいました。

 

最期の場所を決めるのは

本人じゃない

御家族です。

 

御家族がどれだけ看護力、介護力があるか。

 

それ以上に

 

その苦労にも勝る関係性かな

 

感じてしまいます。

 

良い悪いとか

 

愛情があるとかないとか

 

そういう話ではありません。

 

施設や病院を選ぶのは

愛情がありからこそ。

 

自分が看るより

介護や看護のプロの元にいた方が

苦しい思いをしなくてすむんじゃないか

 

そういう愛情の型だって思います。

 

でもね

でもね

 

施設や療養型の病院は

 

やっぱり

 

自宅ではないですよ。

 

家族と離れ離れです。

 

思い出とも離れ離れです。

 

自分のこれまでの人生と離れ離れです。

 

孤独です。

 

現実的な話をしましょう。

 

気を遣います。

 

自分で体を動かす事ができなけば

 

自分のタイミングで水を飲むことは

あまりできません。

 

自分のタイミングだけでトイレに行ける事は

あまりありません。

 

タイムスケジュールが優先されます。

 

大抵、水を飲むタイミングやトイレのタイミングって皆さん

だいたい同じになっちゃうんです。

 

だから、

誰かを優先にはできない。

 

だからタイムスケジュールで

平等にする。

 

それが集団生活です。

 

最期くらい

私は自分のタイミングで水を飲みたい。

そういう自分の欲に

嘘をつかないと暮らせない場所には

居たくない。

そう思います。

 

あくまで個人的見解ですが。

 

 

ではどういう方が

在宅で最期まで

暮らせているか?

 

 

家族と良くコミュニケーションを

とっている方は

 

比較的、最期まで家で看ますっていう方が

多いです。

 

やはり本人の小さな心の揺れ動きを

言葉以上に

表情や仕草で感じる事で

本人の意思が

伝わるんじゃないかな

 

って思います。

 

コミュニケーションをとることで

お互いを繋ぐ“何か”が強くなるから

 

最期まで

繋がり続けようと

 

自然にしてしまうのかもしれないな

 

って

感じます。

 

皆さんは

どんな最期を迎えたいですか?

 

そして

御家族とコミュニケーション

とってますか?